ノンバンク社債発行法とみなし弁済

1 ノンバンク社債発行法の立法趣旨

ノンバンク社債発行法は一九九九年四月国会で可決され、同五月二〇日施行された。この法律は出資法の改正に伴い従来禁止されていたノンバンクが貸金資金に充てることを目的とし社債を発行して不特定かつ多数の者からの資金調達が許可されたことを受け、制定された法律である。同施行令では、貸付業務のために社債などを発行する「特定金融会社」の要件として、最低資本金一〇億円、人的構成として金銭の貸付に係る審査の業務に三年以上従事した者が二名以上必要などとなっている。
 この法律の制定はノンバンク業者が待望久しかった法律でもある。従来禁止されていた分野での直接金融が可能となり、より低利での広範な資金調達の道を開いたからである。
この法律の立法趣旨は一九九七年五月に大蔵省が発表した「ノンバンクに関する懇談会」報告書に示されている。
 この報告書は、二つの大項目からなる。一はノンバンクの業務運営のあり方、資金調達の多様化等であり、二は消費者信用をめぐる諸問題である。ノンバンク社債発行法関連は、当然にこの第一項目である。
 ノンバンクは、「預金等を受け入れないで与信業務を営む企業」を指す総称として使用されているが、ここでは消費者向けノンバンク(主として、消費者金融会社、信販会社等)に関連するものを抽出する。
 まず、資金調達の多様化に関して、従来ノンバンクは、貸付資金に充てることを目的として社債の発行により不特定かつ多数の者から資金を調達することが禁止されていた(旧出資法二条三項)。したがって、ノンバンクに社債の発行が許されるのは、設備投資目的のためにのみ限定されていた。
 旧法の立法当時、この条項の趣旨は「貸金業者が社債の発行により不特定かつ多数の者から貸付資金を受け入れるときは、その業務が銀行業務的性質を帯びることとなり、銀行等のように法令の厳重な規制を受けない貸金業者にこれを認めることは著しい弊害を生ずるため」と説明された。しかしながら報告書においては、社債市場における商法、証券取引法等による市場ルール、投資家保護のための諸制度が整備されたため、一般大衆の保護の観点からいっても同項により禁止する意義は失われつつあると考えられるとし、さらに金融仲介業務を銀行等に限定する意義も、企業部門の資金不足も解消され、今日では金融仲介の多チャンネル化が求められている状況にあることから形骸化してきているとされている。
 逆に廃止するメリットとして次の五項目を掲げている。
 @ 金融仲介チャンネルの多様化により、経済全体の資金配分の効率化に資する。
 A 市場による監視機能の導入により、金融システムの透明化、安定化に資する。
 B 貸金業者の貸出金利の低下の可能性が高まる。
 C ノンバンクの銀行依存が低下し、自主性の発揮や創意工夫を凝らした事業展開が期待される。
 D 社債市場の厚みが増すとともに、同項の趣旨を踏まえたノンバンクのCPや債権流動化にかかる制約も廃止されることにより、証券市場全体の発展および債権流動化・証券化が期待される。
 そこで、報告書は結論として、旧出資法二条三項に基づくノンバンクの資金調達にかかる制約については、基本的に廃止すべきとしている。なおCP(コマーシャルペーパー)は、法律的には手形法上の約束手形であり、社債とは異なるが、経済実態的には短期社債とみなされることから、大蔵省は通達で出資法二条三項の趣旨を踏まえ社債と同様な規制を設けていたが、これもまた廃止すべきであると報告されている。
 報告書ではノンバンクの資金調達にかかる制約について「基本的に廃止」としているが、その趣旨は「規制は廃止すべきだが、あわせて投資家保護の観点から措置を講じる必要がある」ということであると説明されている。具体的な方策としては、ディスクロージャーの強化、リスク管理体制・財産的基礎の充実、悪質業者の詐欺的行為の排除が掲げられている。右の報告を受け、出資法は一九九八年に改正され、貸金資金に充てることを目的として社債の発行により不特定かつ多数の者からの資金調達が許可された。この出資法の改正を受け、今般成立したのが、このノンバンク社債発行法なのである。
このノンバンク社債発行法の成立は貸金業規制法四三条のみなし弁済規定の撤廃の論理的根拠となりうるものであると思うが、その詳細は後述する。ここでは貸金業規制法四三条の創設の経緯を振り返ってみよう。

2 みなし弁済規定創設の経緯

 貸金業規制法は主に次の五点の内容から成っている。その一は、貸金業につき登録制を導入したことである。その二は、貸金業者に対して各種の業務規制を課したことである。これが先ほどから述べている過剰融資の禁止、誇大広告の禁止、取立規制等である。その三は、貸金業者の団体の組織および運営に関する規定を設けたことである。その四は、貸金業者に対する監督の規定を整備したことである。そしてその五が、いわゆる「みなし弁済」規定を設けたことである。右の四までは、規制等を通じて監督を強化したものであるのに対し、五の「みなし弁済」の規定は、全くその趣旨が異なり、「あめとむち」の関係でいえば、四までが「むち」であるのに対し五は「あめ」となっている。以下その理由を述べる。  貸金業規制法の成立前から、利息制限法一条・四条に関する極めて重要な判例がある。ひとつは、超過利息等の支払と元本充当に関するものであり、利息制限法一条・四条の制限を超えた利息または遅延損害金の支払いをした場合、同法一条二項が「債務者は、前項の超過部分を任意に支払ったときは、前項の規定にかかわらず、その返還を請求することができない」とし、同法四条二項もこれを準用していることから、右超過部分の支払いが元本に充当されるか否かが問題となる。判例は当初、超過部分の元本充当を否定したが(最判昭和三七・六・一三民集一六巻七号一三四〇頁)、その後、「債務者が利息、損害金の弁済として支払った制限超過部分は、強行法規である本法一条、四条の各一項により無効とされ、その部分の債務は存在しないのであるから、その部分に対する支払は弁済の効力を生じない。したがって、債務者が利息、損害金と指定して支払っても、制限超過部分に対する指定は無意味であり、結局その部分に対する指定がないのと同一であるから、元本が残存するときは、民法四九一条の適用によりこれに充当されるものといわなけ ればならない」と判示して、超過部分の元本充当を肯定し、前記判例を変更した(最判昭和三九・一一・一八民集一八巻九号一八六八頁)。
 右判例により制限利率を超える利息、遅延損害金を支払った場合、その超過部分は残元本の支払いに充当されるが、残元本が完済となってもなお支払いを継続したとき、債務者は過払い分を、不当利得として返還を求めることができるかがさらに問題となる。この問題につき最判昭和四三・一一・一三(民集二二巻一二号二五二六頁)は、「利息制限法一条、四条の各二項は、債務者が同法所定の利率を超えて利息・損害金を任意に支払ったときは、その超過部分の返還を請求することができない旨規定するが、この規定は、金銭を目的とする消費貸借について元本債権の存在することを当然の前提とするものである。この故に、消費貸借上の元本債権が既に弁済によって消滅した場合には、もはや利息・損害金の超過支払ということはありえない。したがって、債務者が利息制限法所定の制限を越えて任意に利息・損害金の支払を継続し、その制限超過部分を元本に充当すると、計算上元本が完済となったとき、その後に支払われた金額は、債務が存在しないのにその弁済として支払われたものに外ならない」と判示して、不当利得返還請求を認めた。
 右の判例は、貸金業者にとっては極めて重要な意味を持つものである。すなわち、右判例理論に従えば、貸金業者が営業の常態としている利息制限法違反の高利の利息は、制限超過部分は元本に充当され、さらに長期の取引であれば、元本が完済されていることも当然考えられ、その場合は不当利得返還請求が可能で、しかも、その根拠理論が最高裁の判例であるから貸金業者には不利な判例理論であり、一方、消費者、特に多重債務に陥っている被害者を救済する有効な理論であったのである。
 貸金業規制法立法当事者は、貸金業規制法が一七条で貸金業者に対し貸付金額、貸付利率、賠償額の予定等を記載した文書の交付を義務づけ、さらに同一八条において、受領金額、利息、元本への充当額等を記載した受取証書の交付も義務づけた。これら一七条書面、一八条書面の交付の義務化は、その業務の適正な運営を確保し、債務者等の資金需要者の利益を図るための措置であることは疑いないが、貸金業者側からいうと、先の判例の趣旨が維持されているかぎり、右の書面を交付することによって、貸金業者に不利な元本充当、不当利得返還請求をより容易に行使されるということになり、その実効性に疑問が出された。そこで、一七条・一八条の書面の交付の実効性を確保するため、右判例の趣旨を否定し、貸金業者との利息の契約に基づいて、債務者が利息として任意に支払った額が、利息制限法に定められた金利を超える場合であっても、一定の書類(一七条書面、一八条書面)を債務者に交付していれば有効な利息の支払いとみなす、というみなし弁済規定(貸金業規制法四三条)が制定されたのである。
 したがって、貸金業規制法四三条は、いわば政策的な規定なのである。右条項が、貸金業者の利益保護に傾き、多重債務者の増大につながっているという批判は、当然かつ正当な批判であり、また適用に当たっても、立法の経過からして、一七条書面・一八条書面の厳格な解釈と交付を要件とするのは当然であるが、さらに右条項が適用されるのは、従来判例によって認められてきた超過利息等支払部分の元本充当および不当利得返還請求を否定することであり、その場合であっても任意の支払というためには、制限超過利息である金員を利息または損害金として指定して支払ったことを要すると解すべきである。
 利息制限法と貸金業規制法四三条の関係をどのようにとらえるかは、諸説がある。その一は利息制限法適用除外説である。この説によれば貸金業者との取引は出資法の上限金利の制限までの約定を有効とするものであり、その根拠を伝統的な契約法理に求める。しかし現代社会おいて、自由で合理的な精神を持つ各当事者間における契約という法理自体すでに成り立たない概念であり、特に一方当事者が消費者である場合には、不合理ですらある。その二は利息制限法原則適用説といわれるものである。貸金業者の金利の約定も利息制限法に服するとし、利息制限法違反の金利は無効を前提とし、超過利息の支払分を元本に充当し、充当後には債務者においてその返還を請求できることを原則とすべきとするものである。ただ貸金業規制法四三条の要件に合致した場合は、その支払を有効とするが、その場合であっても支払の任意性を極めて厳格に解する。その三は消費者取引への貸金業規制法四三条の適用除外説といわれるものである。貸金業規制法は取引相手が消費者・事業者双方に適用されるが、相手方が消費者である場合には、その金利の制限については利息制限法に服する、とするものである。反面事業者であれば、貸金業規制法四三条の適用を受けるということになるが、近時大きな社会問題となった商工ローンに関する状況を見れば、金融業者の相手にする事業者とはその殆どが零細事業者であり、本質的に消費者と変わりがなく、このように区別しなければならない根拠が明確でない。
 右の三説のうち、多数説は第二説であり、われわれにも異論はないが、このように極めて論理的根拠に乏しく当時の政策規定であった四三条を現在もなお維持する必要があるのか次にノンバンク社債発行法の制定との関係で考察してみる。

3 ノンバンク社債発行法の制定と「みなし弁済」規定の維持の矛盾

 ノンバンク社債発行法が一九九九年四月国会で決議され成立したことは前述した。この法案は前年の一九九八年五月から国会に提出されていた法案である。当時与党の一員であった社会民主党は大蔵省に対し@出資法の上限金利の引下げについて法務省と早急に検討を開始することA特に社債などを発行するノンバンクについては、直ちに引下げに向けた「対応」を行うことをもとめ、法律案国会提出了承の条件とした。これを受けて金利規制強化の動きがあったが実現せず、同法案は翌年の一九九九年四月に成立し同時に付帯決議が盛り込まれた。
付帯決議の内容は次のとおりである。

金融業者の貸付業務のための社債の発行等に関する法律案(ノンバンク社債発行法)に対する付帯決議
政府は、次の事項について、十分配慮すべきである。
一 金融業者が発行する社債を購入する投資家を保護するため、金融業者の監督体制の強化を図るとともに、不良債権の状況など融資業務の特殊性に対応したディスクロージャーの充実を図ること。また、本法律に基づいて金融業者が発行する社債については、社債と銀行預金等との違いを正しく認識した上で投資家が購入できるように、その趣旨の周知・徹底を図ること。
一 多重債務問題が深刻化している現状にかんがみ、金融業者に対し、与信審査の一層の厳格化、過剰貸付の禁止、貸出金利の引下げ等について適切な指導・監督・要請を行うとともに、暴力的取立てなどの悪質な行為は厳重に取り締まること。また、借手に対する消費者信用教育、カウンセリング機能の充実等を図るほか、統一的な消費者信用保護に関する法整備について検討すること。
一、 出資法等で定められている金融業者の貸出金利の在り方については、借手保護の視点も踏まえ検討すること。
 右決議する。

またノンバンク社債発行法施行当日、金融監督庁は全国貸金業協会連合会会長宛に「貸金業規制法の規制等の遵守及び貸付金利の引下げについて」と題する要請を行った。また翌日今度は日弁連が「多重債務者の救済と多重債務問題解決のための総合的施策を求める決議」を可決し、ノンバンク社債発行法の制定には直接触れないものの、出資法の上限金利の大幅引下げ、貸金業規制法四三条のみなし弁済規定の削除等関係法令の改正を早急に行うことを要求した。さらに同年六月には民主党が出資法の上限金利を利息制限法と同一とする、日賦貸金業者及び電話担保金融に係る制限利息の特例の廃止、利息制限法の賠償額の予定等の一部改正、貸金業規正法四三条の規定の削除等を内容とする法律案を国会に提出した。
右のようにノンバンク社債発行法制定前後から、各界から続けざまに種々な形の意見が表明されたのには理由がある。貸金業者が社債発行というかたちで市場から貸付資金を調達するという直接金融の道を開いたことは、今までの銀行等からの間接金融での資金調達に比べ、低利でしかも安定した調達が可能になり、貸金業者にとっては正に待望久しい法律制定であったのである。しかしながら、貸金業業界に直接利益に繋がる法律が制定されていながら、一方で、大手でさえ三〇パーセント近い暴利といっていいほどの高金利は再三の要請にもかかわらず是正されず、且つ増大する多重債務者の防止に貸金業業界は何ら有効な手だてを講じておらず、それでいながら経常利益は史上最高を更新というのであるから金利規制の強化が俎上にあげられるのは当然というべきである。
出資法が改正され二〇〇〇年六月から上限金利が二九・二パーセントとなるが、いわゆるグレーンゾーン金利は残されたままである。本来社会的有意義の存在である企業が、民事上無効な金利で消費者を相手に与信をするということの是非は厳しく問われなければならない。これは利息制限法に罰則規定がないため遵法精神が働かず、刑事罰規定のある出資法の上限金利ぎりぎりのところで与信をする行為に、何ら罪悪感をもっていないからに他ならない。そうであるならば、民事上無効金利と刑事上処罰金利を同一とすることが必要であろう。すなわち出資法の上限金利を利息制限法の上限金利と同一にすべきであり、また現在の固定式金利を変動式金利に見直すことも一考の価値があろう。
貸金業規制法四三条のみなし弁済規定は、速やかに削除すべき規定である。以下理由を述べる。その一は金利規制の必要性である。金利も自由に設定しうるという評者もいるが消費者金融を利用する消費者は経済的にも弱者であり、また前述したとおり利便性を重視する結果、金利選考が働かず、金利における競争原理が作動しない現実がある。金銭は最低限の生活を維持するためにも重要な要素であり、貸付金銭が利潤をあげる生産財で、その利用の対価である金利は自由に設定しうるものではなく、経済動向、社会動向とリンクして、社会的規制を受けた妥当な利率でなくてはならないというべきである。現行の利息制限法は必ずしも経済動向、社会動向に連動しているものではないが、上限金利を確定することによって社会的規制の役割は一応果たしていると評価できよう。この利息制限法違反の金利の請求は、現在の裁判の動向からいってもほとんど認められない。すなわち裁判になれば「みなし弁済」規定は適用されず利息制限法所定の利率を適用して請求するのであるが、裁判では適用を否認される金利が、日常の貸付 業務の中では常態となって適用されているということ自体が極めて異常な状態であるといえる。したがって通常の貸付業務の金利を根拠づける貸金業規正法四三条は司法の場ではほとんど認められない金利を根拠づけるということとなり、極めて不自然な規定といわなければならない。その二は前述した貸金業規正法四三条の創設の経緯である。規制法制定時、貸金業者が現在のような潤沢な資金を保有し、株式を公開・上場する企業に成長するとはほとんど考えられなかった。貸金業規正法四三条適用の要件となる一七条書面・一八条書面といっても、契約条項の開示、受取証書の交付等といった現在の企業では作成・交付して当然の書面を要件としているのであり、なんら特殊な義務を課したものではない。規制法制定時には、これら当然の書面でさえ交付されなかったため、その実効性を担保するために設けられた政策的な規定が「みなし弁済」規定なのである。したがってこの規定の役割はすでに終えていると言うべきである。その三はノンバンク社債発行法の制定である。この法律の立法趣旨及び「大蔵省ノンバンク懇」の 報告を受け出資法が改正され、ノンバンクに貸金資金に充てることを目的として社債の発行により不特定かつ多数の者からの資金調達が許可された、これを受けて制定された法律であることは前述した。この法律が「日本版金融ビックバン」に基づく金融法制の構築の一環であることは論を待たない。したがってビックバンの基本理念であるFree、Fair、Globalの三原則の下、市場の自由化とともに投資家の保護・公正取引確保のためのルールの明確かが図られなければならない。またこの法律の制定によりノンバンクの金融仲介機能は、より銀行等の金融仲介機能に類似したものとなった。
   このように資金調達機能においては、市場からの直接金融が可能になり、銀行等との垣根が低くなっているのにもかかわらず、一方においては「利息制限法違反」の高金利の営業が許されるというのは、極めて不自然である。
大蔵省ノンバンク懇の報告の中でも、貸金業規正法四三条の規定につき、「貸金業者についてのみ特典を認めるものであり、競争条件の公平に反する」という意見があった旨の紹介がされているが、正論である。現在進行中の金融ビックバンの根本理念の一つが自由な競争であるはずであるが、資金調達の方策をほぼ銀行等と同一にし規制を撤廃しながら、肝心の営業面においては、同じく消費者に対する金融を業とする銀行等には利息制限法が適用され、貸金業規制法の適用を受ける貸金業者のみが利息制限法違反の金利で営業をすることができるという特典を付与することは競争条件の公平ルールに完全に反する事柄である。
 右のとおり、このノンバンク社債発行法の制定は、同時に貸金業規正法四三条撤廃の論理的根拠となりうる法律なのである。