請求者最終陳述書

  掲載に当たって

属人名については伏字としてあります。それ以外は原文のままです。


第一 はじめに

 

1.なぜ、いま静岡南局郵便課なのか

静岡市○○××番地−ここに居を構えて11年が過ぎた。

市街を見下ろす日本平・有度山流丘の高台。静かに輝く駿河湾と、遠くに南アルプスを眺め、北に富士を仰ぐ。丘に広がる茶畑と市街とを挟む、日本経済=東名高速の流れ。

見下ろした市街の一角に、静岡南郵便局がある。私は、毎日この景色を見ながら暮らしている。

出世という生き方を選ばなければ、郵便局員はほとんど定年までそこの局にいた。16年前、東京から転勤してきて藤枝の駅前から静岡南局に通っていた私は、全逓静岡支部の支部執行委員から、静岡南支部結成時に書記長になり、自分なりの郵便屋人生を決めた。そして、永住地を職場と一体の、この場所に構えた。

 仕事と家庭と、組合とがごっちゃの生活が始まった。

でもそれは、東京で、局から5分の官舎暮らしの時と同じだ。

子供と夕食を一緒に取るためにすぐ帰る。そして、一息ついて職場に出かける。時には、深夜にムックと起き出して組合事務室に行ってビラを作ったり、朝の4時に局の発着口で、支線下一号差し立て状況を見たりした。私はそういう人間だ。

「同じところ(局)だけじゃ、つまらないでしょ?」と、管理者が対話してくる。

いやいや、地域区分局って郵便輸送の要だから。そして、日本のほぼ中央に位置する静岡市というのがいい。東京−名古屋−大阪という東海道大動脈の、狭間だという事も郵便の全国への流れを地域から見ることができる。でも、15年間、そんなことを見てきたわけではない。

ほんの5年前まで、区分局は郵便輸送の要として、職場には毎年新入職員が入ってきて、交渉すれば手当は上がり、時短が進み、職場の厚生施設は要求するたびに充実してきた。そこには、組合活動の「物取り主義」があった。

景気の低迷から、96年以降、少し流れが変わってきた。

そして私は、97年1月。同じ南局だが、郵便課から郵便窓口課に配転。

いままで、通常郵便の取り集め差し立て、到着配達区分。書留を扱う特殊室を経験しながら、輸送のいっさいをさわらずにきた私は、区分局発着の現状を目の当たりにする。ちょうどヤマトが離島への船便を持つことで、やっと全国網を実現する頃。郵便局の民営化論議が再び話題に上り、郵便事業に大胆なメスが入れられようとする頃。

私は課を異動して、はじめて輸送の実態に愕然とした。

静岡南局から、隣の横浜・川崎へ、通常郵便はなんら翌日配達になっていなかった事実に気づかされた。あの、17年前の59.2翌配システムはそこらじゅうにほころびを持っていた。

労働組合の、「要求−交渉−労働条件の向上」という図式が崩れつつある中、民間ヤマトの躍進と郵便局の経営形態問題。そして郵便輸送、引受−差立て−到着−区分−集配渡しに至る流れの改善意見が現場組合員から続々と上がってきて、郵便職場は具体的に変えていかなければならないことに気づいた。

静岡南局は地域区分局という、〒42地域を受け持つ郵便輸送の要であるにも関わらず、そういういっさいに無関心な、労務管理型トップが通り過ぎるたびに失望した。

この、「清水局転任処分」案件は、私(請求者)のこうした経過の課程で起こった事案である。

 

2.本件の争点要旨

公平審2日目、午後の冒頭において。

T公平委員長は「これで、請求者側の証人尋問がすべて終了しましたので、本委員会がこの事案の争点を整理し、まとめた要旨を、双方に確認願いたい」と発言した。

S公平委員は今事案の請求者主張をもとにした要旨を、大きく4項目。本人不利益として第2項に4項目を上げた。

請求者側はこれを認め、処分者側K弁護士は、黙認した。

すなわち、処分者側は本件事案に対して答弁書第3において、

「国家公務員法第35条及び人事院規則8―12第6条により、業務上の必要に基づいておこなった」と述べているが、この公平審で審理する項目は、大きく4点。各項4点と位置づけられた。

 

一、  内命の前後を通じて一貫して「転任拒否」を主張していた請求者の意に反して、強制的に転任させられたものである。

二、  そのことで請求者は以下の不利益を被った。

@ 転任で区分局手当などの見直しがはかられ、調整手当(都市手当)も無くなることで、月に2万円ほどの減額になり、生活に支障をきたす。

A 通勤時間が、15分から1時間に増加した。

B 地域区分局で郵便輸送の研究という自己啓発に努めてきたが、転任により、その目的意識を奪われた。

C 請求者は5月の人間ドックで「十二指腸ポリープの疑いあり。経過観察」の身でありながら、転任により精神的重荷となった。

三、  この転任で、静岡南局郵便課は欠員状態となり、連日郵便事故が発生している。清水局郵便課は過員になっていることから、業務上の必要性にもとづくものではない。

四、  この転任は、全逓静岡南支部書記長である請求者が、平成13年度活動方針を提起した支部大会の矢先に出されたものであり、静岡南局職場内の問題解決、改善を求めてきた書記長の切り捨て、職場から排除しようとした、嫌がらせ行為である。                           

 

3.本件転任処分で問われるべきもの

@処分者側言い分は一行である。

「業務上の必要に基づき任命権者の裁量の範囲内で行った、適法なもの」

はたしてそうだろうか。

請求者の所属する組合の支部活動を停止させ、中心人物である書記長の請求者を局外に排除するために、作為的に人選され、強制配転させたものではないか。そうであるなら、請求者の被る不利益は、不当なものだと言える。

はじめから請求者が指名されていた不自然さがある。この転任は、業務上の必要に基づいたものでも、本人の向上のためでもない。

A請求者の経験年数は、同一局・同一課5年以下であり、もとより人事交流の「対象者」ではない。

B請求者を人選する根拠とした、候補者名簿の備考欄に「昇任を希望しない」と付記があったのかなかったのか、処分者側証人の証言の矛盾。

C請求者が現勤務地を希望した理由は、「研究」−単なる観察のためではなく、具体的に改革するためである。

 

第二 意に反した強制配転である(人事交流の主旨に反する点)

 

1.郵政局が言う人事交流の目的

「本件転任は、職員の能力開発、人材育成及び職場活性化を図る観点から、人事の刷新を図り、請求者の勤労意欲を高揚させるため、任命権者である清水局局長が、国家公務員法第35条及び人事院規則8−12第6条により、業務上の必要に基づいて行ったものであり、適法かつ妥当なもので ある」

郵政人事課O証人の証言をはじめとして、郵政局の姿勢は、本人の理解を求めるために個別対話を重視する。人事権の行使であるから「本人同意」は必要としないが、断る職員に対しては「本人が意欲を持って転任できるよう、個別対話を充実させる」といい、通常2〜3回、現局希望者は4回以上対話を持つよう指導している。

 

2.人事交流の手順と、本件事案の経過ついて

主任以下一般職員の人事交流は、H3年11月に出された郵政事業活性化計画に基づき、H6年より本格実施されたもの。手順は、毎年11月に提出する職員の希望調書を基に、同一課3年以上の職員を候補者名簿としてブロック幹事局に、対話記録と共に提出。

郵政局で指導された統一異動日、ブロック独自の異動日に合わせて、ブロック別局長会議の要請で、各課各局から何名出せるか、ブロック幹事局副局長に報告する。副局長は調整を行い、人選された中に、転任を拒むものがいれば、当該者の対話記録を郵政局人事部人事課に送り、判断を仰ぐ。了解を得て、各局に報告し、各局長の承認をもって、人事異動案は成立する。

本件9月3日の統一異動に際しては、

2月中旬に候補者名簿と対話記録が静岡中央局副局長に提出される。

7月18日局長会議で、O副局長は異動できる人数の報告を求める。

7月19日K総務課長は、静岡南局4名(郵便課2名)と報告。

7月31日、O 副局長は人事異動案を整理して、「現局に固執する者」として請求者の対話記録を郵政人事課に送る(FAX)。人事課O証言では、東海郵政役職異動日の7月30日に読んだと矛盾している。

副局長Oは翌8月1日に、郵政局からの承認の電話を受けた。

8月2日。Oは各局に転出者の氏名を連絡し、合わせて転入者の氏名も報告した。静岡南局には4名の転出者を総務課長に連絡して、その日遅くに、了解を得た。

 

3.「対話シート」の経過について

請求者○○に対する対話シートは、証拠として15部提出され、さらに6月に一回、D課長と対話した供述があった。その数は突出している。請求者だけがこれだけ対話をもたれ、たとえば請求者側の調査証拠、甲−46では、人事に対する対話を課長から行われておらず、甲−47では、ほとんどの者が転任を断っている。「現局希望者には4回以上の対話を」とO証人は郵政局指導を述べているが、請求者と同じ45歳以上のOさん、Hさん、Nさんは、Oさんだけが「行くしかない」と念を押され、後の 2名はされていない。

・・・・君、・・・・君、・・・・君、・・・君、・・・・君、・・・・君、・・・・君、・・・・君、・・・・君、・・・・君、・・・・君、・・・・・君、・・・・君、・・・・君、・・・・君、・・・・君、・・・・・さん、・・・・君、 ・・・・君、・・・・君が、職員申告書に関わる対話で「現局希望」を意思表示している。

甲−10号P8に示すとおり4月9日の対話(乙−18)は、請求者に対して「人事配転に対する対話を行う」と切り出している。こういう対話は、甲−46で示すとおり、35人が行われていないと証言している。

人事交流の目的である、対話の重視と、対話による人事交流の意義の理解について、公平に行われていない。明らかに、4月になって請求者を配転させるために数を重ねたものである。7月18日の局長会議で要請された転出数、「南局郵便課では2名」という数字を受けてO副局長がI君と共に請求者を抽出するわけだが、なぜ請求者だけ対話記録が12部あるのか、については気にもとめていない。

まさに、はじめから請求者を配転させる意図が働いていたわけであり、それは何だったかは明らかにされず、処分者側の証言の偽証も明らかである。

 

次に、証拠として上げられている対話記録を見てみる。

D課長の対話記録乙−17は、立ち話であり目的が明確でない。

11月の職員申告書を基にした対話記録は、「人事交流について」と題された、U副課長の行った乙−23が該当し、2月に候補者名簿と共に幹事局副局長に提出されたものである。

D課長との対話記録シートの不自然さ。

当時、U副課長は「人事交流」とテーマに題されているが、D課長のテーマは「人事異動」である。これは、今公平審で再三処分者側が強調している、「いまや東海郵政局は人事交流ではなく人事異動として行っている」という言い分に基づいて、後から改竄されたものである。

なぜなら、U副課長は7月30日の管理者の異動で近畿郵政局に異動し、公平審に向けての操作ができない人間だからである。そこに、12月、時を同じくしてD課長とU副課長との、重複する不自然な対話記録が存在する。

@請求者が記録している4月の9日、17日の対話は、その時書き写したメモが甲−11号であり、内容は甲−10のP8〜10に書かれている。

A乙−17号12月18日の対話内容は、公平審のために後から作られたものである。私はこの時点で「発着を極める」という表現はしていない。

B乙−20「5月1日の異動はなかったが、あんた(あなた)は対象となっている」という不自然な発言は、請求者が5月1日の静岡中ブロック異動日に、請求者の名前が挙がりながら、取り消された経過である。4月9日、17日の対話を受けて支部長が局長に申し入れ、全逓東海地本に問い合わせた、請求者の人事交流の取り消しである。O副局長はこのことにはいっさいふれていない。

C 乙−21、D課長「先日の話で、(あんたは)私はすぐに異動する。だから話をしたくないと言ったが残っている」とは、6〜7月に対話が 1回あったことを指す。なぜその記録だけ証拠として挙げられていないのか。そして、人事課O証人は7月30日に対話のいっさいをFAXで送られてきて目を通したと証言したが、隠された対話の経過については話さない。なぜなら、すべての対話記録を読んで、配転の承認をするという不自然な行為は、嘘だからである。

D乙−28、K総務課長の対話記録は、「雑談」の記述に特定者が書かれていたなどと証言で述べているのだが、それなら部外不公表なのだから、実際の対話記録には書かれている事になる。では、その部分を塗りつぶした物なら証拠能力はあるが、これは明らかに、後から公平審のために準備されたものである。証拠書類として明記しなければならない。

以上、証拠としても対話記録については、請求者は「不知」であるが、個々に置いて勝手に策定された対話記録シートを基に人事交流の資料にしているとは、考えられない不自然さがある。

私(請求者)はこの不当な転任に対して、真実を知りたいのであり、偽りの証拠を並べ立てられても、納得はできないし、公平委員会への冒涜である。

 

4.候補者名簿の記載について

では、副局長O証人が請求者を人選した唯一の根拠について。

「郵便課で45歳以上の職員は4名おり、いずれも総務主任候補であるが、請求者だけ候補者名簿の備考欄に『昇任を希望しない』と付記されていた。だから請求者を選んだ」

では、付記はあったのかなかったのか。

  候補者名簿について、それを作製した当該の静岡南局A前総務課長から引き継いだ、K総務課長は、「備考欄には、いっさいなにも書いてなかった」と繰り返し証言した。この食い違いはなにを意味するのか。O証言によっても、2月に提出された候補者名簿は、そのままで、なにも書き足してはいない、と述べている。2月の時点で「昇任を希望しない」と備考欄に記されていたこととなる。O証人は、職員個々へのコメントは、候補者名簿の備考欄に記されたり、付せんが張ってあったり、電話で受けた内容を付記してあったりする。しかし、「(請求者)○○君の場合は、はっきり備考欄に書かれていた」と証言している。

では、2月までの請求者との対話の中で、請求者はどこで「昇任を断る」、総務主任にはならないと発言しているのか。乙17・乙22・23からは判断できない。

唯一、4月18日になって、乙−19号、D課長との対話の中で、

「昇任はどうだ。昇任して発言力を強めたらどうだ」

「昇任はない!!」

というやりとりがある。これは郵便営業で「ゼロ」を続ける私が「昇任はありえない」という意味で発言したのだが、処分者側はこの記述を2ヶ月戻して、候補者名簿に記載したことになる。

むろん、乙−10職務に関する希望調書の「昇任時」という欄があるが、甲−5号で記載のとおり、私(請求者)は説明欄に「現局を希望する」としか書いていない。

本当に「昇任を希望しない」と書かれてあったのなら、それを記載した者の行為は偽造であり、書いてもないのに「書いてあったから」と述べたなら、副局長O証人が偽証したこととなる。

 

5.人選に合理性がない点について

K総務課長は証言の中で、7月18日の局長会議で要請を受け、各課に「出せる人数」を問い合わせた。各課からの報告で4名となったと言ったが、その際、

「9月3日の異動では、総務課は総務主任で1名出す。第一集配営業課は総務主任で1名出す。貯金課外務は総務主任で1名出す。だから主任以下の異動は見合わせた」と、証言している。

施策としての人事交流=人事異動は、総務主任への昇任と、総務主任としての平行異動が同時に行われている事が分かる。(甲−2号証)そして、すでに7月の時点で、推薦している総務主任候補者が確実に総務主任に昇任することが分かっているのなら、なぜ、主任以下一般職員だけが、漠然と「出せる人数」だけを報告させ、属人名にはふれないのか。

人事課O証人に対して、S請求者代理人は「人数だけを報告させて、人選を幹事局副局長1人に選ばせる合理性は何か。局の事情、本人の事情が分かる当該管理者が人選する方が自然だ」と発言した。

Oは、「幹事局副局長が選び出す方が、公平だ」と応えている。

提出された対話シートと候補者名簿。南局郵便課からは、「53歳の職員は泊まりをやっていない」ので異動から外した。と言いながら、清水局Aさんを静岡南局に選出したO副局長。

対話記録に個々の事情は書かれていない。候補者名簿に、当該局の推薦等が記されていなくて、まったくありきたりのデータだけなら、適当に選ばれて配置換えされることになる。処分者側の説明では、あまりに人選がいい加減であり、不自然である。

 

第三 請求者は、同一局同一課、4年の者である

 

1.静岡南局郵便課の遍歴と請求者の経歴

静岡南郵便局郵便課は、それまで郵便課と郵便窓口課の2課であったが、平成11年3月31日から始まった、地域区分局非常勤化計画の実施の中で、定員の削減にともない一つの課に統合された。

公平審でS委員が質問したとおり、平成11年7月16日までは二つの課に分かれ業務も分掌されていた。

甲−30号で示すように、課長以下役職定数は明確に分かれており、年末の繁忙期間も明確に分かれていた。そもそも業務内容が違い、郵便定数の削減で同一課になったが、担務(個別業務)は行き来しない。いわゆる、郵便課窓口課の職員は絶対に特殊室勤務につかないし、郵便課職員は、小包や窓口業務をいっさい触らない。

人事交流における同一局同一課5年、という目安は業務の周知度としてはかられており、請求者は平成9年1月17日に、郵便窓口課に異動し、はじめて小包にさわり、発着業務を知り、平成13年の3月に、はじめて窓口業務についたものである。

 

2.同一課内の、職員状況

甲−30号証、平成10年度の職員録で郵便課と郵便窓口課あわせて147名は、甲7号証で示すとおり、109名にまで減った。その異動は、希望に叶ったUターンや昇任、合理化合意配転である。減員計画の取り組みの中で、残された職員の異動は少なく、同じ課に長い職員は多い。

ことさら請求者の経験年数を15年と、処分者は証言したが、候補者名簿への敬虔年数の記録はあくまで課の異動でなされている。同じ職種の、集配の課の異動でも経験年数は更新される。

 

3.意図的な人選

郵政の指導は「同一局同一担務5年以上」なのに、なぜ東海は3年としたのか。

人事課O証人は「本来5年以上だが、それでは職場に対象者が少ない」と言う理由で、同一課3年以上を対象としたという。

請求者がいる郵便課は、経験年数の永い職員は多数いる。5年以上が少なくて枠を3年以上に変えたのだから、本来は5年以上。請求者の4年と6ヶ月の経験年数は、課全体を見渡せても短い方である。あえてそういう状況下で、請求者を選定したO副局長の人選には、請求者に対して異動を名指しする意図が読みとれる。人事交流対象者も3年以上といいながら、5年以上が重点対象者であり、幅広い選択肢があるなかで、あえて請求者を人選したことは意図的である。

候補者名簿は平成6年から変わっていないのだから、郵便課と郵便窓口課の分かれていたときの経験年数を積み重ねていたはずだ。その記録を、あえて請求者だけ「15年」と書き込んであること自体、間違っている。

 

第四 本人の不利益について

 

1.給与の減額による経済的な不利益

給与の減額は、乙−15号で示す基本給2500円。新夜勤1回あたり1500円の差。そして、深夜帯(22:00〜05:00)の割り増し額が1時間あたり500円。

清水局は1回あたり5時間だが、静岡南局は服務表の関係で6時間。清水局は泊まり(新夜勤)が4回。静岡南局は泊まりが5回だから1500+500円の手当×4。+南局は泊まり 1回分手当が多くなる。3200+500×6Hが静岡南局の泊まり1回あたりの手当加算額。

清水は1700+500×5H。

1ヶ月の差は、2500+(1500+500)×4+6200=16700円 となる。

夜勤手当は、静岡南局では21時過ぎ終了でもらえるが、清水は20時終了につき対象外。

これらを勘案して「2万円近い減額」と表現した。

 

2.通勤時間の増加による不利益

静岡南局という仕事場を毎日目にしながら、15分で仕事に就ける局から、乗り換えによって、1時間前には家を出ていなければならない。

あえて仕事場から住む場所を選んだ私にとって、通勤時間の増加は不利益である。

 

3.業務上の政策提言を進める、目的意識を奪われた不利益

人事課O証言「輸送を極めたいというのなら、清水局でもできると判断した」

幹事局O副局長証言「大局の経験者だから、清水局は大局だから選んだ」

郵便課長D証人に対して、M請求者代理人が請求者の「論文を読んだことがあるか」という質問に関連し、T委員長が「どういうことが記憶にあるか、どう思ったか」と問うた。

D証言「しっかり見ているなぁ、と思った」

乙−19号証、D課長との対話で、郵便輸送の分散処理と集中処理の話が出てくる。ここでD課長は「コスト等を考えれば、差立集中もなるかも知れないね」と記述されているのだが、このときの対話は、甲−10号証P10のなかに、こう報告してある。

集中処理か分散処理化についての問いに、D課長は、「よくわからないなあ」と信じられない無責任な回答をした。(26行目)

実は、郵便課D課長については、地域区分局の郵便責任者でありながら、業務についての対応のもどかしさについて現場職員から多くの不満が出ていた。そして、組合的にも職場改善をこの間、五年間に渡って要求を提出してきたが、D課長は応えていない。

支部として、職員として請求者が求めていることは、郵便輸送の「観察」ではない。具体的な改善である。T委員長の質問に、「ああ、よく見ているなぁ」としか応えないD課長。

そうではなく、年末繁忙期を含め、運送便の多くを改善してきた。甲−53号のチルドの温度調査は、チルドISO9001が不可能なことを物語り、現場からの報告でなければ解決しない問題である。なにより、U前郵便課長が現場の声から設定した、21:15発横浜集中への定期臨時便に対して、2年を経過して正規便にすることが静岡南局郵便課の直近な課題である。

  チルドISO9001の見直し。

  運送便の改善。

  郵便の二速制に基づく、区分局の明確な計画処理。

  郵便課レイアウトの改善。

  集中処理戻し、改善。

  支線差し立て方法の改善。

甲−54号で挙げている内容は、労働組合を通じての要求と共に、現場から郵政局への要請があって、改善される課題である。私は職場を変えるために、輸送を改善するために静岡南局に固執しているのであって、人事課O証人のように、郵政局の事務畑から、「輸送を見るなら…」と言う観点とは大きく違う。

支線(清水局)に下がると、見えていた物も見えなくなる。それは、郵便窓口課にきて、輸送を見て、気づいて、管理者に提言しながら組合要求で改善してきて、その途上にあるいくつかの問題解決を放棄するものである。課長は、一年待てば理解ある者が着任する。しかし、現場の空気は、一度消したらよみがえらない。

 

4.十二指腸ポリープの疑いによる、精神的重荷

人間ドックの結果は、5月の自分にとっては気にもとめなかったが、検査結果を課長が持ってきて、

「1年後なら、たいしたことないなぁ」と笑って私に言ったことを記憶している。

ポリープではたいしたことないかもしれないが、祖父を35歳で、蓄膿ガンで亡くした自分としては、タバコもやめて健康に気を付けている。強制配転によるやり場のない怒りは、気持ちを重くし、ポリープといえども、気になる。

 

第五 業務上の必要性はあったのか

 

1.異動日を挟んだ、静岡南局郵便課の定員状況

甲−7号証で検証すると、本件転任の前日9月2日の定数は、総務主任7欠・主任一般6過で、すでに1名の欠員を生じている。これは7月30日の異動で、総務主任のS君が転勤したためである。定員については、処分者側が説明で定数(総務主任6欠・主任一般6過)と述べているが、これは7月18日の状況であり、D課長証言で、定員数が 息詰まったのは、S君の異動を考慮していなかったためである。処分者側は主任一般の定員のみを抽出して、6名過員であるというが、甲32号証Aで示す郵便課の担務表では、総務主任も主任以下一般も業務上の担務は同一であり、総数で 1名欠員であること自体、補充が求められていた。

9月3日に、清水のAさんが転任しなかったことで、区分局静岡南郵便課は2名の欠員になったのである。

さらに、「主任一般は過員だから」と言いながら、補充したとされる10月18日の異動では、欠員をきたしている総務主任ではなく、主任一般のO君が一名転入してきている。

過員である主任一般に、更に過員にする不自然さもある。そして、欠員が埋まったのは、実に11月1日になってのことである。むろん、総務主任は5欠のままだ。

あえて窓口担務の2名を転出させて欠員を拡大させる業務上の必要性はなかったはずである。

 

2.異動日を挟んだ、清水局郵便課の定員状況

甲−6号証で示すとおり、総務主任1欠の清水局では、総務主任を必要としていた。

甲−17号証で示すと、清水局では代理の担務を総務主任が代行している。すなわち、清水局では総務主任だから指定される担務がある。だから、指定表を作る上では、総務主任定数が欠員ということは、業務上大きな負担になっている。だから、総務主任の定数確保が急務である。

現に、1月に清水局郵便課F課長との対話で、F課長は、「清水は総務主任を必要としている」と、私に話している。

 

3.人事交流の意に反した、一方通行の異動である

「業務上の必要性に応じた人事交流(異動)」とは、静岡南局においては、定数の確保であり、清水局では、総務主任の確保である。

しかし、直接人事異動案を作成したO副局長は、静岡南局郵便課の欠員を埋めるわけでもなく、Aさんの転任取りやめで、さらに欠員を拡大し、清水局の総務主任の補充もされない。そして、泊まり勤務のできない病気のAさんを区分局に異動させる、失態までおかしている。

現場の状況をまったく勘案しない、こういう人事異動は、その目的と明らかに反するものであり、たとえば9月3日の異動は、公社化を前に病気のAさんを無理に転任させて、退職に追い込み、組合潰しのために書記長を支部外排除するといった、不当な目的のためとしか言えない。

本来なら、清水局のAさんの内命が取り消された時点で、双方異動の人事交流なのだから、請求者の異動もストップすべきである。あくまで現場業務を考えれば一方通行に終わった交流は、目的に反している。

 

4.静岡南局郵便課の事故発生状況

甲−30号証と甲−7号証を比べるように、静岡南局郵便課は定員が激減している。それだけ、急速に非常勤化が進められ、そのことで業務事故は多発していた。

平成12年7月。郵便課D課長が着任して事故が連日発生。事故に対する始末書・処分は行われたが、根本的対策もないまま、異動は更に行われた。ただでさえ職員が少ない上の、欠員の拡大が9月3日の異動である。甲−32号証は、100ほどの運送便の発着する、郵便課1Fに職員が深夜7人しかいない。それも、片方が仮眠を取っていて職場を離れている。そういう中でパレット票札の見間違いまで起こしているという事故事例である。

そして、対策と言えば、「事故を起こさないように」という文書の配布しかない。

これでは、郵便輸送の要としての、区分局作業が欠陥を生じているということである。

そして、窓口担務者は限定される中で、2名が転出して補充なし。

現に、9月中旬に発覚した、窓口切手類の25万円相当の紛失は、大事件にも関わらず監察も呼ばずに内々で処理された。この事件は、請求者が在籍していた8月中旬から関連する事故であり、それを課長が隠し通し、内々で処理したウラには、事故を挟む9月3日の異動が窓口業務を軽視したことを表に出さない思惑が働いている。

郵政省が無くなったとはいえ、事業庁であっても当日会計処理が原則の郵便局にあって、欠損事態の発覚から内々の解決まで、担当者達にも報告しないやり方は、事故=監察=管理者の評価減点、という自己保身の何ものでもない。請求者も関わりながらウヤムヤに処理するほどに、請求者を排除する意図がそこにある。

 

第六 請求者を職場排除する、目的

 

1.全逓静岡南支部の労使関係

局の対応は、その時の、局長の資質によって左右する。

請求者側証人で明らかにしたように、全逓静岡南支部は特異な存在だったかもしれない。支部長M証人に対して、S委員が「支部は反主流派ですか」と、問うたとおり、反主流派であるともいえる。しかし、それは組合内部の問題であり、局からとやかくいわれるものではない。

組合のいくつかの文書が語るとおり、支部三役の異動は事前打診がある。それは郵政局人事部管理課の仕事であり、この公平審では明らかにされなかったが、さきの6月1日の、名古屋集中支部支部長の強制配転と同じ作用が働いたと考えられる。

しかし、振り返るに、甲−31号証で示したように、歴代局長、N・A・Y−M・T・S・N、と真摯な労使関係も継続してきた。公社化を前に、T條・K塚・O寺各局長と労使間において対話がもてなかったことは、残念である。

 

2.制度政策提言の取り組み

支部は、甲−9号証で示すように、当初は支部運営の正常な機能と、郵便時短、増員要求を進めてきた。96年の運動方針から業務への見直しに関心を持ち、組合のあり方や郵政事業のあり方を強く探求し始めた。

財政方針はG財政部長が、運動方針は請求者が書記長として独自に提案したものである。

そして、公社化に向け、民間参入と民営化論の狭間の中で、更に政策提言を進める途上であった。むろんそれは請求者の独りよがりかもしれないが、こういう支部活動は、企画を担当する書記長の色が濃く出るものであり、「はい、次の人へ」と渡せるものでもない。

請求者が支部書記長を去れば、支部活動は大きく転換することになるし、そうなりつつある。

それが、処分者側の意図するものであることは、明確ではないか。

総務課長K証人に対して、T委員長は、支部大会を挟む書記長の異動と内示を知りながら、一言もふれない対話の不自然制を問うたが、「組合と人事は違う」としかK証人は語らなかった。

総務課長K証人は、乙−28号証の対話の中で、「また輸送のことについて話してくれ」と、最後に私に言いながら、27日の内命時から、いっさい言葉を交わさない。

請求者が、支部活動を通じて制度政策提言を探求してきたことは、そんなものでしかないのかと、失意にある。

 

3.失われた、展望

職場をおわれて、私としてはどうすべきかと考える。

支線清水局では、残念ながら郵便輸送の全体の流れは語れない。なぜなら、支線局郵便課は、区分局から送られてくる郵便を配達区分して、集配に「上げる」だけだから。

集めた郵便を差し立てるときも、「何でも区分局に送ってしまえばいい」としか考えない。昨年暮れ。年末繁忙期に運送便のことについてF清水局郵便課長と話をした。当日配達のために区分局から送られてくる、下り、三便についてである。

私は車種について明確な要請をすべきだと言った。課長は、「南局発着口にあるものはみんな出してくれ」と要求するだけで済んだと言った。「それでは、運送コストの無駄である」と言った私に返ってきた答えは、

「そんなことは、南局が考えることでしょ」

である。

確かに、運送便のすべては区分局が考えることであり、支線が口を挟んでも、郵政までは届かない。そんなものである。清水線、相良線、金谷線。賎機、服織線。〒42地域はわかりやすい。だから改善案も明確にいくつかあがる。それは、区分局の県外への結束のためであり、支線各局への朝の配達区分を軽減するものでもある。それは、静岡南局当該課長の姿勢にもよるが、局側と組合を通じた郵政への要請で改善される。

郵政が机上で組み合わせるのと違って、私たちは生の郵便の流れからいくつかの案がわき上がってくる。まるで、パズルを組み合わせるように、一つの道が見えてくる。こういう発想は実態にふれていないと、薄れてしまう。最後の証拠で上げた郵政論文の下書きは、失われる記憶をもとに走り書きしたものである。

本当は、時代は100余年の郵便局のあり方が、がらっと変わろうとするこの時期、民間参入が声高に叫ばれる中、悲壮感だけが充満する職場に、新たな発想を送り込むのが労働組合の役目だと考える。一職員ではつぶされてしまう激変の時代にこそ、培った全逓静岡南支部の立場で呼びかけるべき時に、すべてを失いそうな、思いだ。

 

第七 まとめとして

 

4月1日の統一異動日を前に、人事異動の内命が職場を駆けめぐっている。

あれから半年経つ。そして、総務主任・代理を含め、静岡南局では30名が異動すると聞く。更に人事交流は盛んである。しかし、それは静岡中ブロックだけが飛び抜けたようだ。郵便局全体では、公社化、民間参入に対応して業務の足場固めがされている。

人事交流で、業務をおろそかにする時ではないはずなのに、意に反した異動は後を絶たない。G証言が語るように、総務主任への昇任がなされても、意に反した異動は個人を殺す。 清水局Aさん証言であるように、管理者は時に58歳の高齢者にも声を掛ける。

清水局のAさんはどうだろうか。

泊まり勤務ができない、精神的に病をおった職員にまで配転させようとする。配転で、精神的に追いつめられて職場を去った知人がいた。リストラのための配転もある。しかし、大儀はそうではない。この案件で、私は見えないものが見えてきた。無理につじつまを合わせようとする、局の意図と、その矛盾が明らかになった。

 

処分者側の、不自然な証言に振り回されながらも、筋が通れば説明にもなる。

しかし、決定的な違いは、O副局長が見た、候補者名簿の備考欄には、なにも書いてなかったというK総務課長証言である。

私の手元に、8月の中旬にD課長と対話した、転任者の記憶の陳述書がある。こういう場では、多くの協力を得ながらも、出せない真実もある。

真実は、異動の2週間前まで、当人の確認を取りながら調整する。そして私の場合は、どこかの意志で、転任を名指しされていたのだろう。しかしそうは憶測されても、この公平審で「事実」が食い違ったのだから、明らかに不当としか言えない。

副局長O証言に対して、T委員長はいみじくもこういった。

「交流なんだから、一方が取りやめになったのなら、ストップしようとは考えなかったのか」

O寺局長とも、K塚局長とも、あの内命以来、D課長ともK課長とも話はしていない。

人事異動で、対話による道義付けが求められるのなら、内命取り消しの緊急事態にもう片方への配慮があってしかるべきであり、それが業務上の当然の必要性である。

  わたしはまだ、南局に出入りして、静岡南支部の書記長の後任も決まっていない。財政のG君の排除で、支部は大きく傾き、この4月にM支部長も退職する。

12年間、駆け抜けてきた全逓静岡南支部は、機能停止に陥っている。それが、処分者の目的であれば、まさに完遂したことになる。

静岡南局を眺めながら、だんだん遠くなりながら、それでもまだ懲りずに足を運ぶ私は、全逓静岡南支部に、まだ首の皮1枚で引っかかっている思いだ。そして、南局の職場の状況がメールで報告されるたびに、奮い起つ。

公平委員各位の早急な、解決を求めて止みません。

以 上