新蛇抜小屋





 飯場跡のボロ小屋で、釣りのベースによく利用した。

 大井川の東俣に残る最奥の小屋だが、行かなくなって10年も経っているから、すでに朽ち果てたことだろう。

                                        2012年 7月







 小屋の存在は早くから知っていたが、池の沢小屋を馴染みにしていたので、機会を得ぬまま延びのびになっていたと云うのが本当のところである。


 小屋の利用は、作家の文ちゃんが主宰する2年がかりの取材旅行が始まりだった。

 許可を得て車で広河原まで入り、1年目は池の沢小屋を利用した。
取材の帰りに立ち寄った新蛇抜小屋が気に入って、2年目は新蛇抜小屋をベースにした。


 取材の記事は、私のつたない写真とともに、産経新聞で6回にわたり連載されている。



 新蛇抜小屋は、池の沢出合いを30分ほど遡った東俣の右岸にある。
プレハブ造りの平屋建てで、入ってすぐのところに小さな囲炉裏が切ってあった。

 そのむかし東俣林道は、池の沢を越え、新蛇抜小屋の先きまで延びていたという。

 度重なる出水で林道は跡形もなく姿を消したけれど、小屋の片隅に残るプロパンガスの大型ボンベに、往時を偲ぶよすがを見た思いがする。

 小屋の裏側には小さな流れ出しがあって、新蛇抜山への小径が続いていた。


 取材では、魚止めの滝まで遡った。
滝上を詰めて、大井川の最初の一滴に見参したかったが果たせなかった。

 谷へ降りれば、釣りに目のない川屋か山屋ばかりだと思っていたのが、チョウチョにうつつを抜かす“虫屋”がいたのには驚いた。

 滝ノ沢の出合いでは、流れに育つカワノリを見つけて頬ばった。
涼やかな香りが口の中いっぱいに広がった。


 ひと頃ほどでは無くなったが、イワナはエサを追い、まだ充分に釣りが楽しめたころの懐かしい想い出である。









 東俣を詰めて大井川の最初の一滴に見参し、間の岳〜農鳥岳〜広河内岳と巡って、池の沢を下る計画である。

 どのみち沢を詰めるのだから、皆にイワナを食べさせてやろうと釣り支度をしてきたが、折り悪しく雨が降り出したので、釣りは止めにして新蛇抜の小屋へ急いだ。

 雨脚はしだいに強まり、小屋へ着くころには本降りになっていた。

 夜も、そして翌日も終日雨は降り続き、新蛇抜小屋での停滞を余儀なくされた。

 無聊のなぐさめにと、雨を押して沢まで降りてみる。
ドブ濁りの水は膨れ上がり、川幅を越えて、あふれ出さんばかりの勢いで流れ下っていた。

 ラジオは、神奈川県の玄倉川で十数人が流されたことを報じている。
東俣遡行を断念した。


 さしもの雨も、3日目の夜半には止んでいた。

 沢の水は太かったけれど池の沢出合いまで戻り、広河内岳をピストンして、その年の夏山々行を終えた。



 四人会で、東俣を釣り下ろうという話しである。
北岳に登ったことがないと云うので、広河原から入って北岳に登り、東俣を釣り下ることにした。

 1日目は、食事も寝具も完備している熊ノ平小屋だが、あとの二日は無人小屋で、そうでなくても食い意地が張っている連中だから、かなりの重装備になった。

 土砂降りの雨に濡れそぼれ、5時を回ったころに、やっとの思いで熊ノ平小屋に到着した。


 翌日は、打って変わっての上天気である。

 遅めの朝食を済ませると、熊ノ平小屋の水場越しにトレースの薄い乗越沢を下り、本流の出合いにザックをデポして三国沢を釣り上った。

 日本で一番高いところに棲むイワナだそうで、厳しい環境に適応したからだろう、魚体が寸詰まりで品格に欠けるように思った。

 滝下でも竿を出したが、釣り荒れた様子だった。

 途中道草をしたので、今日の泊まりの新蛇抜小屋には4時過ぎに着いた。
久しぶりのイワナは、焼いて食したが美味かった。



 大井川の最初の一滴に見参しようと、何度か試みたが実現していない。

 三国平から農鳥小屋に向かうトラバースルートを辿るついでに、覘いてみようと思ったが、これも実現していない。


 大井川の最初の一滴は、いつか訪ねてみたい、新蛇抜小屋の彼方にかすむ“憧れ”のような存在である。






東俣源流・三国沢の釣り



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